サヴォア邸の誕生と保存の歴史
サヴォア邸は、モダニズム建築の巨匠ル・コルビュジエが設計した住宅である。
施主はフランスで保険会社を営んでいたピエール・サヴォア夫妻で、パリ郊外のポワシーに週末を過ごすための別荘として、1931年に建てられた。
現在では「20世紀住宅の最高傑作の一つ」と評価されているが、歴史は平坦ではなかった。
1940年頃、第二次世界大戦中にドイツ軍がフランスへ侵攻した際、サヴォア邸は接収され、干し草の倉庫として使われてしまう。
その後、建物は荒れ果て、老朽化が進み、取り壊しの危機に瀕した。
その状況を変えたのが、当時の初代フランス文化大臣のアンドレ・マルローである。
1964年、彼はサヴォア邸を歴史的建築として保護し、保存への道を開いた。
さらに2016年には「ル・コルビュジエの建築作品—近代建築運動への顕著な貢献—」として世界遺産に登録され、国際的にもその価値が認められている。
コルビュジエが示した新しい住宅の原型
ル・コルビュジエはピロティ、自由な平面・立面、水平連続窓、屋上庭園といった近代建築の5原則を提唱し、後の建築界に大きな影響を与えた。
その5原則をサヴォア邸は、最も簡潔に、忠実に投影された建築だと言われている。
特にピロティは白く細い柱で構成され、サヴォア邸が完成して100年近く経った現在でも先進的な雰囲気すら感じてしまう。
竣工当時、フランク・ロイド・ライトはサヴォア邸を「竹馬にのった箱」と批評したが、同時代の建築家にとってはそれほど異質であり、逆説的にいえば、革新的な存在だったことが分かる。
構造にはコルビュジエが考案したドミノシステムが採用され、柱・梁・スラブのみが建物の荷重を支え、壁面は自由に構成することができる。
これにより壁面には水平連続窓が採用でき、自然光が存分に入る、明るくて心地よい空間が生まれている。
外観は一見すると全面がRC造のように見えるが、実際にRC造で構成されているのは柱・梁・スラブのみで、外壁はレンガ積みにスタッコという漆喰で白く仕上げている。
エントランスから上階へと続く緩やかなスロープを歩くと、内部の造形の見え方や光の差し方が連続的に変化する。
コルビュジエはこのように建築の中を歩きながら空間の移り変わりを楽しむことを「建築的プロムナード」と呼んだ。
サヴォア邸はまさしく、その「建築的プロムナード」を見事に体現した建築だと実感する。
ピューリスムの精神が息づく造形
サヴォア邸の意匠は、ル・コルビュジエが掲げた「住宅は住むための機械である」という理念を、造形・色彩・空間体験のすべてにおいて徹底的に具現化している。
これまでの様式建築が依拠してきた装飾性をそぎ落とし、ドア、階段、スロープといった住宅を構成する各要素は、機能に基づいた造形に抽象化されている。
1階部分は車寄せとして計画されており、内部の玄関ホールに設けられた曲線壁は、車の回転半径から導かれた機能的な形状である。
色彩計画にも特徴がある。
コルビュジエが提唱した多色主義(ポリクロミー)に基づき、1階外壁は深いグリーンで塗装され、周囲の植栽と同化することで上部の白いボリュームをより軽やかに浮かび上がらせている。
浴室には海を想起させる青が用いられ、機能と感覚が結びついた色彩体験がつくられている。
住宅を構成する各要素の形状を徹底的に純化し、さらに多様な色彩を積極的に取り入れたサヴォア邸の造形は、ピューリスムの思想においても完成度の高い建築だと思う。